天下一品物語1

三ヶ月分の給料未払いのまま、つとめていた会社が倒産してしまった。
経営者の舵取りひとつで会社は潰れてしまう。行先不明の船に乗るのはだめだ。
やはり自分が船頭にならねば・ ・・。昭和四十六年、天下一品創業者 木村勉 三十六才の時であった。

天下一品物語2

しかし、何をするのかが問題であった。手元に残るお金は三万七千円。これで一体何ができるか?。屋台でラーメン を食べながら「ハッ!」と閃く。「ラーメン。これやったら、できるかもしれん・・・」

天下一品物語3

「金はないねん。けど屋台作ってくれへんか?」こう言うと板金職人の友人は「出世ばらいでええわ!」と快く作業にかかってくれた。持つべきものは友達である。「綺麗な鉢でラーメンを出したい」との思いから屋台初の湯沸かし器も取り付けた。

天下一品物語4

天下一を目指しつつ、京都で一番貧粗な屋台が完成した。
しかし困った、肝心のスープを炊く鍋が買えない。ふと目にとまったのはガソリンスタンドに置いてあるペール缶。ニオイがとれるまで、洗っては煮沸を繰り返した。こってりスープはこのペール缶から生まれた。

天下一品物語5

屋台やペール缶鍋の準備を進めつつ、ふと気づく。「ん?ラーメンのスープってどうやって作るんやろ?」そこで知り合いの中国人のおじいさんに「鶏ガラベースのスープ」の作り方を教わる。天下一品がこの世に産声を上げる為の最初のスープだった。

天下一品物語6

いよいよ天下一品屋台営業初日!最初のお客さんは中年の男性だった。しかしその日に売れたのは十一杯。金額にして九百九十円ほど。普通のサラリーマン並に収入を得られる一日百杯にはほど遠かった。

天下一品物語7

気が付くと食材を仕入れる金が一円もない。身の回りのものを質屋に入れて食材を買った。質に入れるものもだんだん無くなり、最後に布団を持って行った時には「布団はええから金貸すわ」と言ってくださった。本当にありがたかった。

天下一品物語6

商売を始めると直ぐに数人の男が現れ「ショバ代払え!」と脅かされた。「おまえらに払う金があったら客にチャーシューつけるわい!」と断ると、殴られ屋台も壊された。何度も同じめにあったが、包帯を巻きながらも商売を続けた。そんなことを繰り返すうちに「こんな奴相手にしても金にならん!」と諦めてくれた様だ。

天下一品物語9

どこにでもあるラーメンではお客さんはどこかに行ってしまう。どこにもないスープを開発したい! 決まった場所で商売がしたい。ある地主さんのご厚意で(現在天下一品総本店のあるビルが建つ前の)空き地を借りることができた。それとともに屋 台の横に営業用とは別の鍋を置いてスープの開発も始めた。

天下一品物語10

着目していたスープがあった。九州ラーメンに代表される豚骨スープだ。豚骨独自のコクと旨みは必要不可欠で あるが、どうも豚特有のニオイが気にいらない。鶏ガラをベースにあのコクと旨みが出せないものか?失敗の繰り返し。しかし、これこそがスープの完成に必要なじかんだった。

天下一品物語11

スープの味を良くしていくとお客さんの数もどんどん増えていく。スープの開発には実に三年。「究極のコッテリスープ」の誕生である。しかしそのスープは屋台の火力と設備では大量に提供できない。「早く設備の整った店を構えてお客さんにこのスー プを味わってもらいたい・・」そんな想いは募るばかりだった。

天下一品物語12

開店資金も貯まりつつあったそんな時・・・妻が子供を連れて出て行った。連日朝方までの仕事、自宅に帰ってもラーメンの研究に没頭、愛想を尽かされても仕方ないと思った。開店資金は全て養育費に消えてしまい、また元の無一文になってしまった。「また、一から始めるか・・」と思った頃、自分が屋台を出している空き地にビルが建つとの噂が流れた。「確実に追い出される・・」と感じた。

天下一品物語13

ところが地主さんの意見は違った。「何をいうてんのや。一階はあんたに商売させるつもりやで!」と有り難いお言葉を頂いた。「実は開業資金が無くて・・」と事情を話すと「そんなもんはどうでもエエ!」と私を銀行に連 れていき「わしの土地を担保にして、この男に金をかしたってくれ!」と言って下さった。「ありがたい!一世一 代の大チャンスや!これで究極のこってりスープを世に出すことができる。

天下一品物語14

屋台の設備では作れなかった「究極のこってりスープ」が仕込まれ、はじめて世に出た。最初に食べたお客さんの反応は忘れられない。『何や、何が入ってんにゃ?何のスープなん?うますぎる!」と言われた。あるお客さんはパンで鉢を綺麗に拭いて完食する。噂は瞬く間に京都中に広がった。二十坪の店舗でありながら平日で一日1000杯、日曜祝日は1800杯を売り上げる連日長蛇の列が出来る大繁盛店になった。

天下一品物語15

「お客さんを待たせてはいけない。しかし待たれる店でなければならない。」という信念のもと、二号店、三号店とチェーン展開をし、現在、北は北海道から南は沖縄まで天下一品の味をお届けできるようになりました。学生時代を京都で過ごした人や当店の無い地域に転居されたお客様からは「うちの近くに天下一品を!」と仰っていただきます。「待つ人」がいる限りこの「こってりスープ」をお届けしたい。これが私たちの願いです。

天下一品物語16

天下一品物語16